こんにちは、ゆいです。

今日はどんな一日だったでしょうか。

ゆいは、祝日ですが変わらずにお仕事です。

先週1週間が忙しすぎてフリーランスの仕事を確保する時間が取れなかったので、ここ数日は一生パソコンを触っています。

パソコンを触りすぎてなのか、昨日の夜は無性に絵を描きたくなってました。笑

毎日忙殺されながら生きています。

4月からの新生活に向けて準備しなきゃいけないはずなのですが、その時間も全然確保できない。

まだあまり実家を出るイメージは湧いていないです。

毎朝バタバタしながら保育園の準備をして、帰ってきたら追われるように仕事をして。

夜は、あいかわらず寝かしつけに手こずりながら、ルームメイトたちと一緒にいろんな話をしながら、自分の事業のこと考えて。

そんな感じの一日になるのかなと思うのですが、でも、なんかまだ現実になる気はしていないです。

ひとりで育児をしないといけない、と決めて選んだ離婚という選択肢でした。

はじめは、実家の両親に頼るのもすごく申し訳なくて、自分が不十分なママだからなのではないかと思っていました。

ワンオペをするママもこの世の中にはいるのに、親に頼ってしまう自分には愛が足りないんじゃないかって。

でも、県外に出る予定も多くて、頼らざるを得なかったのも事実。一人で考える時間を確保しないと人生が進んでいかないのも事実。

この仕事を、この働き方を選んだのは自分だけど、本当にこれで幸せにできるのか、はずっと不安でした。

それでも、この人生がいいと言いたくて仕方のなかった期間でした。

ただそれは、ゆいの意地というか、頑固さというか。

離婚という意思決定をして、自分の人生を諦めてしまったら、すべてに負けたような気がするのが嫌だっただけ。

きっとゆいは無限に娘のことを振り回して、娘には波乱万丈な人生を送らせてしまっている。

もちろん、いろんな価値観に触れてほしいとか、世界は広いと伝えられる大人に囲まれてほしいとか、そういうのもある。

それはゆいの中で譲れない教育観であり、それが絶対子どもの環境としていいと思っているのも事実だけど。

それでも、やっぱり自分のエゴもたくさんあったと思っています。

ママには、いろんなひとを頼りながら生きていてほしいと思うんですよね。

ひとりで育児をするのなんて大変だから、できるわけないから。だから、周りにいてくれる人たちを頼ったほうがいいって。

でも、「一人で頑張っている人がいる」という事実が、その選択肢を選びにくさせているのも事実。

これは、この数年でゆいが実感したこと。

いつまでもゆいが自分自身に「もっと周りを頼っていいんだよ」って言ってあげられない理由。

だからこそゆいは、周りを頼っていかないといけないんだと思います。

こんなふうに頼っていいんだよ、って素直に言ってあげられるロールモデルであれるように。

こんなふうに育児してもいいんだ、ってママの肩の力を抜いてあげられるきっかけになれるように。

最近は、ちょっとずつ周りのことを頼れるようになってきたような気がします。

今日も、祝日なので保育園はお休みですが、娘のことはばあばと弟にお任せしています。

この前は約1時間くらい、ルームメイトにベビーシッターしててもらいました。

子どもがいる生活が、悩みを抱える若者のいろんな気づきになるように、そして、いろんな大人に囲まれた生活が、娘の世界を広げてくれるように。

そんな場所になればいいなと思って進めているシェアハウスです。

子どもがいるっていいものだよって、家族って素敵なんだよって、生活をともにするなかで伝えることができたらいいなって思うんですよ。

生活の中でそう感じられるようなきっかけが作れたらいいなって。

結婚も子育ても、大変だし、他人と一緒に生活するのは難しい。だって当たり前が違うから。価値観が違うから。

でも、それをこえる幸せが存在している。

ひとと生きる幸せがあり、子どもが届けてくれる無償の愛がある。

その愛のかけらを、シェアハウスの中で感じてもらえるのがゆいの理想。

そんな場にしつづけたいし、そんな場がいいなと思う人たちで溢れた環境を娘には触れ続けてほしい。

だからこそゆいは、毎日楽しそうに育児をしていたいし、いろんな人に頼りながら生活をしていきたい。

こんなママがいてもいいんだって、こんなふうに生きる大人もいるんだって。

5個くらいしか変わらないけど、でもやっぱり、大学生から見た20代後半って大人だから。

娘の世界を広げてもらう代わりに、ゆいもみんなの世界を広げ続けたい。

ゆいさんみたいに生きてみたいな、って言ってくれる子たちがいるから。

こんな選択肢を選んでいいんだ、と感じてくれる子たちがいるから。

簡単に誰でもできるなんて言わないけど、でも、覚悟さえ決めたら誰にでもできることだと思っています。

だって、何もないゆいにもできるから。ゆいにあったものは、叶えたい夢と、それに対する意地だけだから。

それがあるからすごいんだ、という理論もわかりますが、でもそれは、きっかけがあればだれでも手に入れられるものだと思っています。

だって、先天的にあるものじゃなくて、後天的に身につけたものだから。ただゆいが運が良かっただけだから。

でも、運が良かったで人生が決まるのはなんだか悲しいから。もっと再現性をあげてみたい。

「どうしても」と思えるものに出会うために、いろんな世界に触れていくことが必要で。ゆいは、その見つけるまでの過程を一緒に進むひとでありたい。

ちいさな「やってみたい」をカタチにする中で、いろんな人の想いに触れる中で、自分のこだわりを見つけてほしい。

ゆいが、いろんな人を頼りながら育児をする代わりに、みんなに伝えられること。

日常の小さな心の動きに目を向ける感覚と、それを言葉にするサポートだけ。

ただそれだけだけど、数年前のゆいが一番救われたから。それがあるから、今のゆいがあると言っても過言じゃないから。

来月に向けて着々と準備しないといけないですね。

新生活が始まったあとは、娘も慣らし保育になるしどれくらい時間が確保できるかは読めない。

できるときに、できるだけ人生を進める。

育児をしながら自分で人生をイロドルと決めたゆいのやり方です。

人ほど時間を確保できないからこそ、その時間の使い方をできる限り有意義にする。コスパのいい時間の使い方を徹底する。

それがゆいらしい人生の進め方なんだと思っています。

ゆいのpaletteでゆいの彩を、誰かのpaletteで誰かの彩を。

そして、そのふたつの彩を混ぜ合わせられるco-paletteを。

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