こんにちは、ゆいです。

今日はどんな一日だったでしょうか。

昨日の朝、この内容ブログに書きたいなぁ、と思ってサイトを開いたらまさかのログインできず。

サーバーとドメインの問題だったのですが、契約しているサーバーに連絡していたりとかしたら、ログインできたのは今朝。

というわけで、1日遅れでの投稿になります。

娘を保育園に預けたら木曜日も更新できるようになるかなぁ、と思っていましたが、思わぬ形で更新できませんでした。

来週こそは!!!笑

娘は今日から慣らし保育の時間が延長されて、お迎えが12時半から2時になりました。

最近家を出る前に「保育園いきたくない」と言い始めます。

まぁ、ずっと私かじいじばあばと一緒にいる生活を送っていたらそうなるよね、という感覚が拭えませんが。

でも、毎日どこかで切り替えて、がんばって登園してくれています。

昨日からですが、保育園について泣かないように必死に我慢している表情を見せるようになりました。

職業病といわれたらそれまでなのですが、「この経験がこの子の将来にどう影響を与えるのか」ということをよく考えてしまいます。

寂しくて「行きたくない」と泣いても保育園に行かなきゃいけないこの経験は、どんな原体験として娘の中に残り続けるのか。

この経験を原体験に、「何を言っても仕方ない」「さみしいって言っても聞いてくれない」と思ってほしくはない。

でも、保育園にはいってもらわないと仕事が進まないし、ゆいは育児もキャリアも中途半端になってしまう。

そんな未来のほうが嫌だなぁ、と思うので毎日「がんばれ」と言いながら送り出すしかないんですけど。

ただ、「さみしい」という娘の訴えを限りなく受け止めながら、一緒に成長していけたらいいなと思っています。

さて、最近は毎日思考の日々です。

やっと、自分が追いかけたいものが言葉になってきた感覚があります。

どんどんと描きたいものが明確になっていく。

誰かの顔色をうかがいながら、誰かの目線を気にしながら生きていた過去の私。

自分の中にある「やりたい」「変わりたい」という想いと「変われない」「どうせできない」と思ってしまう自分。

相反するこの感情に悩まされて、変わっていく周りを見ながら何度涙を流したかわかりません。

でも、おとといの夜ひとりでぼーっと考えていて、過去のLINEとかも見返していました。

そしたらなぜか、涙が止まらなくなっていて。

でもそれは、怖さとか苦しさからくる涙ではありませんでした。

年末のブログにも書きましたが、あの時はいまが人生でいちばん幸せだと思っていました。

⇒詳しくはこちらから

自分がリーダーとなって何かを追いかける責任を考えすぎて、言葉にするのが重たくて仕方がなかったやりたいこと。

でも、言葉にしてみて、挑戦したらいいやんって背中を押してもらいました。

これまでいろんなことやってきた経験が「挑戦できるゆい」に成長させてくれました。

でも、まだまだ過去の経験をトレースしているだけで、やったことあることをしているだけで。

「自分でつくったんだ」「自分でつくっているんだ」という感覚にはなれなかった年明け。

この場を自分がつくる意味ってなんなんだろう、この場に自分がいるのってなんでだろうって思っていました。

でも、その理由をつくらないといけないと思っていて、めちゃくちゃ思考したのが1月末。

ちょっとずつ、ゆい特有の空気感やまとっているオーラをうまく使って、「自分がつくった場なんだ」といえるようになったこの2か月。

それでも、このままじゃだめだなぁ、という感覚がずっとありました。

現状維持をしていても衰退する、このまま進んでも欲しい結果は得られない。

そんな感覚でいっぱいで、なにか変えたくて今あるものをすべて壊してしまいたかった。

でも、今あるものを、持っているものを手放すのもすごく怖かった。

譲れない部分は大切にしながら、自分らしく壊してみることにしました。

最近思うのは、ゆいは新しいものをつくりたい人間なんだということ。

ゆいじゃなきゃいけない、ゆいだからできることを大事にしたいし追いかけたい。

そして、新しいものを追いかけようとした結果、これまで追いかけてきたものがすべて回収されていくような感覚があります。

素でいられるような、何でも話せるような、そんな「第二のかぞく」という概念を追いかけていた2年前。

いまだにめっちゃ大好きな写真。

古民家でシェアハウスをしながら、そこに住んでいる人の挑戦できる場をつくりたくて。

そして、その場に子どもも集まるような「第二の家」をつくりたいといっていた4年前。(カタチにしてないので写真とかはないけど)

これらは自分の中ではじめて言葉になったビジョンで、1年前にカタチを変えて追いかけようと思ったものたちです。

環境として体現できるけどうまく拡げられなくて、それでも、どうしても追いかけたかったものたち。

でもなんか、このカタチなら追いかけられるんじゃないかなって思っています。

どんなカタチになるかって?それは、まだ内緒です。

理由は、まだ構想中でメンバーにも話してないことがたくさんあるから。ここでは話しません。

でも、未来をイロドル女子会はちゃんとパワーアップして、面白くなる感覚があります。

失敗する挑戦は避けてきた人生だけど、失敗してもいいから挑戦したいと思うものに出会えました。

そして、どうしても追いかけたいと思っていた夢を思い出しました。

壊すことに躊躇いがあったのも、折角安定しているのに壊して失敗するのが怖かったから。

でも、はじめて失敗しても何でもいいから挑戦したいと思えたんです。

失敗することよりも、自分の夢が叶わないほうが絶対いやだって。

誰かの未来じゃなくて、誰かの夢じゃなくて、自分の未来にワクワクできた。

これまで25年生きてきて、はじめて感じられた感情でした。

胸が熱くなって、目頭が熱くなって、いつの間にか目から涙があふれてくる。

何事も卒なくこなして、なんとなく生きてきた人生だったんです。

別に何のとりえもない、ただの女の子でした。

変われたのはビジネスパートナーや仲間たち、後輩たちのおかげ。

これまでの人生で気づいたら涙があふれてきた瞬間で印象的なのは、私立の願書を書く時と、1年前にやりたいことを聞かれた時。

どっちも、未来が真っ暗で怖くて仕方がなくて、恐怖からあふれた涙でした。

普段からよく泣くタイプだけど、それも自分に自信がなくて怖くて仕方がないだけ。

でも、はじめて幸せだって思いながら涙があふれてくる感覚に包まれていました。

1年前に未来に絶望していたなんてほんとに思えないくらい今が幸せなんです。

だからこそ、こんな風に感じてくれる女の子が増えたらいいなと思っています。

毎日「楽しい」「充実してる」って思える人生を生きてほしい。

何もなかったゆいでもそうなれるから、ただの女の子がここまで幸せな人生を生きられるから。

最近、何があれば自分らしく生きられるのか、をずっと考えています。

パワーアップした未来をイロドル女子会の詳細はまた後日。

公式LINEから連絡するので、気になる人は追加して5月19日か25日をあけておいてください。

気になる場合は壁打ち相手になって~っていう感じでお話できるかなと思うので。

もしよければそんなお誘いもお待ちしています。

幸せすぎてあふれた涙。失敗してでも追いかけたいもの」への1件のフィードバック

  1. 出会った時からずっと、どんな感情も無かったことにせず、怖いの感情も受け止めて進み続けている先輩がいてくれることは、私の人生を変えてくれた要因の一つでもあります。
    ゆいさんと居ると、自分もやりたいことやっていいんだな、って思えます。
    出会えてよかった、、、、

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